楷書日本の法帖

礼拝写経を紹介【お経の文字を1文字書くごどに礼拝を行う写経方法/一字一礼・一字三礼・一行三礼・一巻三礼】

楷書

写経しゃきょうは、亡くなった方を供養し、成仏を願って行われました。

この想いを写経に表現するだけでなく、表現としては残りませんが1字1字に祈りを込めて筆を運びました。

このお経を写すにあたって、以下の3種類の祈りが行われました。

  1. 1字書くごとに1礼、または3礼
  2. 1行17文字を書き終えるたびに3礼
  3. 1巻の写経を終えて3礼

実際の様子をもう見ることはできませんが、その事実を文字で書きのこしてある記録があります。

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一字一礼経

まず紹介するのが「一字一礼経」です。

1文字書くごとに1度礼拝を行います。

写経はたくさんの文字を書く必要があるため、1文字書くごとに礼をする作業はとても大変でした。

一字一礼経が行われていたことが確認できる文献

「一字一礼経」が行われていたことが確認できる最初の文献は、
1065年(治暦元年)9月25日、先帝せんだい後朱雀天皇ごすざくてんのう菩提ぼだいのための後冷泉天皇ごれいぜいてんのうが書いた「法華経ほけきょう」です。

『本朝文集』(巻第四十九)に、この供養の願文が収められています。
それによれば、

『本朝文集』(巻第四十九)※國史大系30より

金泥きんでい妙法蓮華経みょうほうれんげきょう一部八巻…を写したてまつり、…十妙を思い、以て余念を断つ。書法を二妙(王羲之おうぎし王献之おうけんし)のあときわむることを願わず。一字を礼し、以て懇祈こんきぬきんず。
(原文は漢文)

『本朝文集』(巻第四十九)

という記載があります。

内容としては、文字の良しあしは問題ではない。願うのは、1字1礼をささげて、うやまいつつしんで経典を書き写していくことが重要、というものです。

2つ目の文献としては、左大臣藤原頼長ふじわらのよりながの一字一礼経です。

『台記』(1150年〈久安6年〉7月3日条)
『台記』(1150年〈久安6年〉7月3日条) ※『史料大成』第24巻より

彼の日記の『台記たいき』(1150年〈久安6年〉7月3日条)によると、鳥羽法皇とばてんのうの80歳の恩賀おんがを行うにあたり、1字1礼の作法で『寿命経じゅみょうきょう』1巻を書写しました。
頼長は、完成までかかった時間について、「辰刻しんこくより始めて、いぬの時にいたる」といっています。つまり、午前8時ごろにとりかかり、正午をまわり、午後の8時ころまで、まる12時間もかかったようです。

一字三礼経への発展

一字一礼経は、さらに大変な「一字三礼いちじさんらい」に発展します。
1文字書いては3回礼をします。つぎの1字を書いては、また3礼します。

1173年(承安3年)の9月23日、右大臣九条兼実くじょうかねざね(当時25歳)の夫人が女児を出産しました。
出産の護身のために、兼実は智詮ちせん阿闍梨あじゃりを招いて不動供ふどうくを行いました。

兼実かねざね智詮ちせんというお坊さんについて以下のように言っています。

件の僧は千日、大岑聖巌(吉野大峯山)にこもる。冬籠なり。また、八千枚十度、十万枚一度、これ(護摩)を焼く。また無言にて一字三礼、法華経を書く。また無言にて千部経を転読す。本より持経者なり。しかして、近年廃忘、また暗誦し奉る、しかじか。およそその行業と謂い、中古以来、比類なきか。(原文は漢文)

『玉葉』承安3年9月23日条

ここでは、彼が一字三礼経を行っており、今までにないすばらしい行業ぎょうこうだった、と言っています。

この善行に刺激をうけたのか、兼実かねざね自身も「一字三礼経」を書いています。
藤氏長者で右大臣の官にいた兼実(当時36歳)は、氏社春日社の宝前で、この一字三礼般若心経を供養しました(『玉葉』1184年〈寿永3年〉3月24日条)。

また、一字三礼の作法で書かれた写経として現存しているものとしては、万里小路宣房までのこうじのぶふき(1258~1348)の一筆五5郎大乗経(200巻)があります。
すべて一字三礼の作法にのっとって、13年もかけて完成させました。

一行三礼経

「一字一礼経」は1文字書くごとに1礼します。
「一字三礼経」は1文字書くごとに3礼します。

これはとても大変なことで、なかなかやり切れるものではありません。

そこで、1字ではなく、1行(17文字)に対して3礼を、という少し簡略化した方法が工夫されました

記録の上では、15世紀にはいってから、後崇光院の『看聞御記』あたりから見え始めます。

  • 1437年(永享9年)1月19日
    後崇光院(1372~1456)の立願によって、北野社に奉納のため、一行三礼の観音経を書写す。
  • 同年2月17日
    後崇光院、清水寺に奉納のため一行三礼の『観音経』を書写す。
  • 同年4月15日
    後崇光院、この日、夏安居げあんご(ひと夏の間、閉じこもって仏道修行を行うこと。)の初日にあたり、精進のために一行三礼の『法華経』巻第一を書きはじめる。逆修ぎゃくしゅ(生前に自分の冥福のために行う仏事)のためという。
看聞御記かんもんぎょき
  • 1472年(文明4年)3月8日
    前権中納言甘露寺親長、妻の所労平癒を祈請して一行三礼の『般若心経』一巻を書写す
親長卿記ちかながきょうき
  • 三条西実隆(1455~1537)、この日、一行三礼の『法華経』普門品一巻を書写す
実隆公記さねたかこうき

周りの人々で一行三礼した写経「運慶願経」

一行三礼で書写された遺品として、「運慶願経うんけいがんきょう」とよばれるものがあります。

この経は、大仏師として有名な運慶みずからが願主となり、その妻阿古丸あこまるが大施主となって書写供養したものです。

第八巻の巻末に、その事情を語る奥書が書かれています。
長い漢文で書かれた内容を要約すると、

  1. 運慶うんけいは、安元年間(1175~1177)のころ、『法華経』2部の写経供養を企画します。
    色紙工しきしこう(料紙づくりの職人)にプランを打ち明けて浄衣じょうえを与え、霊水れいすいんでまず紙をかせます。
  2. その後、なすことのないまま歳月が過ぎる日々を送り、1183年(寿永2年)の4月になって、やっと写経供養の企画を再開しました。
  3. まず、4月8日にはじめて写経料紙りょうしの準備にとりかかりました。
  4. 大施主阿古丸あこまるも企画者である運慶うんけいにならって、同じように写経供養の企画をたてました。色紙工に運慶同様の手続きによって紙を調えることを命じました。4月28日と29日の2日間で写経料紙は出来上がりました。
  5. 2人の写経僧しゃきょうそう珍賀ちんが栄印えいいん)に、同日同時刻に2組みの写経をはじめさせました。
  6. その間、写経の行数を計算して、1行書き終わるごとに、結縁けちえんに集まった男女たちは、3回礼拝して、『法華経ほけきょう』のお経や念仏を唱えました。
    前記の奥書に交名きょうみょうを並べた人々が、それを担当したわけで、結局5万返の礼拝と念仏・お経はつごう10万返にものぼったといいます。
  7. 2人の写経僧は、わざわざ比叡山ひえいざん根本中堂こんぽんちゅうどう園城寺おんじょうじ清水寺きよみずでらの3か所から霊水れいすいくみみよせて、それで写経しました。
  8. また、装丁にあたっては、それぞれの工人たちを動員しましたが、わけても、軸木じくぎ夢想むそうによって、東大寺とうだいじ大仏殿だいぶつでんの焼け残った木(平重衡の兵火に炎上)を使いました。
  9. 写経所しゃきょうじょ唐橋からはし末の法住寺ほうじゅうじ辺(唐橋は『雍州府志ようしゅうふし』巻第9によると「東寺の西、梅小路の南、山崎路」にあったという)にありました。

という内容です。

この中の6番に注目してみてください。

ここでの1行3礼というのは、写経の当事者自身の行為をいうよりも、むしろその周辺に集まった人々によって礼拝が行われていたようです。
こうした一見熱狂的ともみえる信仰態度のなかに、その時代に生きていた人々の信仰観を垣間かいま見ることができます。

一巻三礼経

最後に、一巻三礼経いっかんさんれいきょうを紹介します。

一巻三礼経は、数ある記録の中で、たった1例のみとされています。史料の所在は同じく『看聞御記かんもんぎょき』です。

1425年(応永32年)8月15日、後崇光院ごすこういん石清水八幡宮いわしみずはちまんぐうの宝前で、3日間の法楽供養を行いました。この経典が一巻三礼で書写されました。供養にあたっては、『観音経かんのんぎょう』と『般若心経はんにゃしんきょう』それぞれ100巻が宝前に捧げられました(『看聞御記かんもんぎょき』)。

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参考文献:小松茂美著作集9・18

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