日本の書家

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和様の書/書道においての【和様】とは?中国風と日本風の境界線はどこ?

和様の書とは 「和様」について、『広辞苑こうじえん』によると、 日本在来の風。日本風。日本流。鎌倉時代の大仏様・禅宗様建築に対し、平安以来わが国に行われてい来た系統の建築様式。蓮華王院本堂・興福寺東金堂などに見られる。書道で、...
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空海から始まった日本の書流の流れを解説/世尊時流・法性寺流・青蓮院流

日本の書流文化の原点は平安初期に活躍した空海くうかいです。 空海は中国(唐)に渡って、中国の書風を日本に持ち帰りました。 その空海が持ち帰った中国の書風を三筆さんぴつ(空海くうかい・嵯峨天皇さがてんのう・橘逸勢たちばなのはやな...
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三跡(三蹟)について解説・代表作品も紹介/国風文化で活躍した能書たち

平安へいあん時代初期(9世紀ごろ)に活躍した「三筆さんぴつ」(空海くうかい・嵯峨天皇さがてんのう・橘逸勢たちばなのはやなり)は前の奈良なら時代の伝流をうけて中国風の書(王羲之おうぎしの書法)を根底としました。 この三筆さんぴつにつづ...
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空海の書道に関する伝説・逸話を紹介

空海にはいろいろな伝説や逸話があります。 今回は空海の書道に関する伝統や逸話を紹介したいと思います。 空海は筆を選ばず 「空海は筆を選ばず」ということわざがあります。 これは空海がとても字が上手なので、書をかくとき...
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三筆について解説/その代表作品や書風の特徴を紹介

三筆さんぴつとは、平安時代初期に書をよくした3人(空海くうかい・嵯峨天皇さがてんのう・橘逸勢たちばなのはやなり)をまとめた呼び方です。 では、空海くうかい・嵯峨天皇さがてんのう・橘逸勢たちばなのはやなりの3人とはどんな人物だったので...
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河井荃廬(かわいせんろ)について解説/呉昌碩に師事した日本人篆刻家

呉昌碩ごしょうせきは多くの弟子がいましたが、そのなかで日本人の弟子が1人だけいました。 それが河井荃廬かわいせんろです。 荃廬せんろは呉昌碩にあこがれ、呉昌碩門下への入門を望み、それが叶うと毎年のように呉昌碩をたずねました。 ...
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呉昌碩と日下部鳴鶴の関係【呉昌碩の書画作品が日本で有名になったきっかけ】

日本において、呉昌碩ごしょうせきの書画作品や篆刻作品を愛好する人は多くいますが、そのはじまりは明治・大正の時代に日本書道界の指導者として活躍した日下部鳴鶴くさかべめいかく(1838~1922)が世間に広く伝えたことがきっかけと考えられてい...
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貫名菘翁(ぬきなすうおう)について詳しく解説:作品も紹介

貫名菘翁(ぬきな すうおう)は江戸時代の書家で、日本書道史上においては空海以来の能書家と謳うたわれています。 菘翁すうおうは生涯の大半を京都で生活し、書道は王羲之おうぎしを代表とする晋しん時代と楷書が完成する唐とう時代の書を中心に学...
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比田井天来とは/作品紹介/書学院、大日本書道院の創設/俯仰法の開発

比田井天来(ひだいてんらい)は、師匠である日下部鳴鶴くさかべめいかくの遺した碑版法帖ひばんほうじょうの多くを譲ゆずりうけるなど、古典の研究に没頭して独自の書道観を作り上げました。 彼の門弟には、比田井南谷ひだいなんこく、上田桑鳩うえ...
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日下部鳴鶴(くさかべめいかく)が近現代書道界にあたえた影響・功績

日下部鳴鶴くさかべめいかくは、明治書壇しょだんを組織化し、その中心人物として多くの書家を養成した指導者です。 書壇、書道雑誌出版、展覧会活動などは今、美術界をはるかにしのぐ規模ですが、これらは鳴鶴が先駆けと言っていいでしょう...
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