王羲之の蘭亭序(らんていじょ)について詳しく解説【臨書の書き方・特徴、何がすごい?本物は存在しない?】

蘭亭序 王羲之の書道作品 アイキャッチ画像

蘭亭序らんていじょは、「書聖しょせい」と呼ばれる王羲之おうぎしが353年に書いた、中国書道史上の最高傑作です。28行324字の行書作品で、酒席の即興で書かれた草稿(下書き)にもかかわらず、1700年以上にわたって「天下第一の行書」と称されています。

この記事では、蘭亭序の書き方のコツ・行書としての特徴・歴史的背景から、本物が現存しない理由、複製本4種の比較まで、画像付きで詳しく解説します。

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目次

蘭亭序とは?──28行324字に凝縮された書の最高傑作

蘭亭序「八柱第三本(神龍半印本)」
蘭亭序「八柱第三本(神龍半印本)」

蘭亭序は、東晋とうしん時代の貴族きぞく官僚かんりょうであった王羲之(307〜365)が51歳のときに書いた行書作品です。353年(永和9年)、会稽山かいけいざん浙江せっこう紹興しょうこう市)のふもとにある蘭亭で開かれた詩会「曲水きょくすいうたげ」で詠まれた37首の詩をまとめた詩集に、王羲之が序文(前書き)として書き添えたものです。

全部で28行、324文字。正式な清書ではなく草稿として書かれましたが、王羲之は後から清書しようとしても草稿を超える出来にならず、この一枚がそのまま後世に伝わりました。書道の世界では、意図して仕上げた「作意の書」に対し、自然体で書かれた「率意の書」に高い価値が置かれます。蘭亭序はまさに率意の書の代表格です。

蘭亭序を書いた王羲之とは?

蘭亭序を書いた王羲之とは?

蘭亭序を書いた人物は、王羲之です。

王羲之おうぎしは中国東晋時代の政治家・書道家で、その書跡は歴代の皇帝に愛好され、「書聖しょせい」と呼ばれるに至りました。中国書道の歴史の中でもっとも重要な人物です。

楷書では「楽毅論・黄庭経などの小楷作品」、草書では「十七帖」、そして行書の最高峰がこの蘭亭序です。

王羲之について詳しく知りたい方は「王羲之(おうぎし)について解説」をご覧ください。

蘭亭序の基本データ(成立・文字数・書体)

蘭亭序の基本データ
  • 成立年:353年(永和9年)3月3日
  • 書いた人:王羲之(51歳)
  • 書体:行書
  • 文字数:28行324字
  • 内容:詩会「曲水の宴」で詠まれた37首の詩集の序文
  • 場所:会稽山(浙江省紹興市)のふもとにある蘭亭
  • 参加者:41名の知識人

行書の基本的な特徴や書き方のコツについては別の記事でも解説しています。蘭亭序を学ぶ前に行書の基礎を確認しておくと、理解がより深まります。

では、蘭亭序を実際に臨書するうえで押さえておきたい技法を見ていきましょう。

蘭亭序の書き方と3つの技法

蘭亭序を臨書するうえで、押さえておきたい3つの技法を紹介します。

  • 流れを意識した自然な入筆
  • 右払いのバリエーション
  • 草かんむり艹は左右に分けて書く

この3つの技法を習得すると、蘭亭序の行書としての美しさを再現できます。練習を重ねて、王羲之の筆跡を手本にしつつ、自分自身の書風を磨いていきましょう。

流れを意識した自然な入筆

蘭亭序の行書における自然な入筆の技法を解説した図

行書は線の流れを切らさず、自然に筆を運ぶことが大切です。前の画の流れを受け、どこからでも入筆できるような自在な筆づかいを意識しましょう。

蘭亭序の入筆における筆の動きと線のつながりの例

起筆は、線の方向や前の画の流れから、さまざまな角度で入筆します。

筆の先を出さずに、線の内側に隠すような起筆もあります。線の進む方向とは逆方向から軽く入筆し、強く押さえつけずに、筆の反動を活かして線を引きます。前の画の流れから、自然な筆の流れで運筆することがポイントです。

右払いのバリエーション

蘭亭序に見られる右払いの3つのバリエーションを比較した図

蘭亭序の右払いには、3つの代表的な技法があります。

①三角形にまとめる:徐々に力を入れて線を太くしていき、線が最も太くなったところで、自然に筆を持ち上げて横へと抜きます。線の終わりが三角形の形になるように意識します。

②はらわずに止める:右に向かって一定の太さで線を引き、適切な位置で筆を止めます。筆を上げずにそのままの太さで終わります。筆圧を一定に保ち、均一な線を引くことがポイントです。

③下方向に抜く:線が最も太くなったところで、力を緩めて筆を下方向に抜きます。線の太さをコントロールしながら、自然な流れを保つことがポイントです。

草かんむり(艹)は左右に分けて書く

蘭亭序における草かんむり(艹)を左右に分けて書く技法の図解

蘭亭序の草かんむり(艹)は、左右に分けて書かれています。

草かんむりを左右に分けることで、文字が詰まりすぎず、ゆとりのある印象を与えます。これにより、文字全体のバランスが美しく整います。

この特殊な草かんむりの書き順は、「萬」という字を参考に、横→縦→横→縦と書くとよいでしょう。

こうした繊細な筆づかいを再現するには、筆選びも大切です。蘭亭序のような行書に合う筆の選び方は「おすすめの書道筆ランキング」で詳しく紹介しています。

ここまで技法を見てきましたが、蘭亭序の行書には技法以上に大きな特徴があります。次は、蘭亭序が他の行書と一線を画す理由を見ていきましょう。

蘭亭序の行書の特徴──なぜ同じ字がひとつもないのか

蘭亭序がほかの行書と一線を画す最大の特徴は、文中に同じ字が繰り返し出てきても、すべて異なる形で書かれていることです。この変化の豊かさこそ、蘭亭序が「天下第一の行書」と呼ばれる理由の一つです。

点画の丸みと省略

蘭亭序は行書を学ぶうえで、まず最初に取り上げられる法帖です。基本的な点画の丸みや省略など、行書の特徴からおさらいしましょう。

行書の5つの特徴(点画の丸み・方向の変化・線の連続・画の省略・筆順の変化)をまとめた表
行書の特徴
  • 点画の丸み
  • 点画の方向や形の変化
  • 点画の連続
  • 点画の省略
  • 筆順の変化

「之」を20回すべて違う形で書いた美学

蘭亭序における同じ字(之・事・一など)の変化を比較した図

蘭亭序324字の中で、「之」という字は20回登場します。注目すべきは、この20個の「之」がすべて異なる形で書かれていることです。

「事」「一」なども複数回出てきますが、それぞれ少しずつ変化がつけられています。王羲之は同じ字を同じ形で繰り返すことを避け、一字一字に独自の表情を与えました。

この「変化をつける美学」は、蘭亭序を臨書する際にもっとも重要なポイントの一つです。臨書するときは、一つひとつの「之」の違いを注意深く観察してから書くようにしましょう。

右下がりの中心移動(字形構造)

蘭亭序の字形における右下がりの中心移動を解説した図

「豈」「管」「品」など上下に分かれる構造の字を見ると、下部の中心線が右に移動し、左側に傾いたような姿になっています。

この中心線の移行は王羲之の書に共通する特徴です。この動きに注目して観察すると、王羲之の書の理解がより深まります。

では、こうした特徴を踏まえて、蘭亭序の臨書を効率よく上達させるにはどうすればよいのでしょうか。

蘭亭序の臨書を上達させるには

蘭亭序の臨書は、正しい手本選び・段階的な練習・客観的なフィードバックの3つが上達の鍵です。

段階的な練習法──まず神龍半印本から

臨書を始めるなら、まず八柱第三本(神龍半印本)を手本にするのがおすすめです。

神龍半印本は墨色が濃く、筆の穂先の動きや細かな筆致まで鮮明に残されています。筆遣いや字形のニュアンスを読み取りやすく、初心者の手本として最も適しています。

神龍半印本で基本的な字形と筆遣いを習得したら、次に八柱第一本(張金界奴本)に進むと、より原跡に近い柔らかな表現を学べます。

練習には筆の質も重要です。蘭亭序のような繊細な行書には、穂先の弾力が生きる筆を選びましょう。慣れてきたら、自分に合った筆を探す楽しみも増えます。

的確なフィードバックが上達の鍵

蘭亭序のような古典作品の臨書では、「お手本通りに書いているのに形が整わない」「筆が思うように動かない」と感じることがあります。そうしたとき、自分の作品を客観的に見てもらうことで、思いがけない気づきが得られます。

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ここからは、蘭亭序がどのような背景で生まれた作品なのかを見ていきましょう。

蘭亭序はどんな作品か?誕生の背景と内容

蘭亭序は、東晋の永和9年(353年)に開かれた詩会「曲水の宴」から生まれた作品です。美しい山水への賛美と、人生の儚さへの哲学的な思索が込められています。

詩会「曲水の宴」から生まれた草稿

蘭亭序はもともと、宴の席で詠まれた詩をまとめた詩集の「序文(前書き)」として書かれた草稿(下書き)です。

永和9年(353年)3月3日、王羲之は会稽山かいけいざん浙江せっこう紹興しょうこう市)のふもとにある蘭亭に、41名の教養ある人物たちを招きました。

この集まりには、のちに宰相さいしょう(総理大臣)となる謝安(しゃあん)や、文学者として名高い孫綽(そんしゃく)、王羲之の息子たちなども名を連ねていました。息子の一人である王献之もこの時代を代表する書家として知られ、父とあわせて「二王」と称されます。

一同は3月3日のみそぎ(身を清め、けがれを取り除くこと)の儀式を行い、その後に「曲水きょくすいうたげ」という詩会を開きました。参加者たちによって全部で37首の詩が詠まれました。

主催者であった王羲之は、これらの詩をひとつの詩集としてまとめ、その冒頭に「序文」を書き添えました。それが後に伝わる「蘭亭序」です。

この「蘭亭序」は正式な清書ではなく、あくまで草稿(下書き)として書かれたものです。伝説によれば、王羲之はこの草稿を後から清書しようとしたものの、どうしても草稿以上の出来にならず、最終的にこの一枚がそのまま後世に伝わることとなったといいます。

曲水の宴とは?──詩と酒を楽しむ文人たちの雅な遊び

蘭亭図巻(万暦本)流觴曲水の宴の様子
蘭亭図巻(万暦本)流觴曲水の宴の様子が描かれている

曲水きょくすいうたげ」は、陰暦3月3日・上巳(じょうし)の節句に行われる行事で、古代中国の文人文化を象徴する風流な遊びです。

参加者たちは、曲がりくねった小川のほとりに座り、その上流から酒杯を流します。杯が自分の前に流れ着くまでに詩を詠むのが決まりで、詩を完成させることができなければ、その杯の酒を飲み干すという風流な遊びが催されていました。

この行事には「禊」としての意味合いも含まれていました。小川の水で体を洗い清めることで、災厄や穢れを祓う儀式です。蘭亭序の文中にある「禊事を修むるなり」とは、まさにこの禊のことを指しています。

曲水の宴の起源

「曲水の宴」の原型は、古代の政治家・周公旦(しゅうこうたん)が、洛邑(らくゆう)で流水に酒杯を浮かべたという故事に由来すると伝えられています。

陰暦3月3日・上巳の日に水辺で身を清める「禊」の習慣は、漢代(前206〜220年)にはすでに年中行事の一つとして定着していました。

その後、詩を詠む文人たちの宴として発展した「曲水の宴」は、西晋(せいしん)の初代皇帝・武帝(ぶてい/司馬炎)の時代(265〜290年)に文化的儀礼として形式化されました。

王羲之が蘭亭でこの宴を催したのは、それから約一世紀後、東晋の永和9年(353年)のことです。王羲之の蘭亭序は、古くから続く禊の風習と、西晋以降に洗練された曲水の宴の形式を受け継いだ、貴族文化の精華とも言える文学的記録です。

蘭亭序の内容:自然賛美と人生の儚さ

蘭亭序の内容:自然賛美と人生の儚さ

蘭亭序の内容は、東晋時代の貴族文化を背景とした文学作品です。美しい山水をこよなく賛美するだけでなく、老荘思想を匂わす清談せいだん的で、やや哲学的な人生観がちりばめられています。

蘭亭のような美しい自然を前にすると、天地宇宙の偉大さを感じる。それに対して人間は、悲しみや喜びに左右され、長生きや早死にを心配する。そうした弱さを天地宇宙の偉大さと引き比べたとき、最後は死ななければならないという生き物のはかなさを思わざるをえない。古人(荘子)はそうした感情の営みをすべて相対化し、生も死も同じだと言ったが、むしろ人間のそうした弱さ、時間とともに変化する感情の営みを生命のありかたにこそ人間の自然があるのだ。

最後には「時が移り事物が変わっても、後の人間がこの文章を見たなら何かを感じてくれるだろう」と締めくくります。

蘭亭序の詳しい内容は「蘭亭序の全文現代語訳」で全文を紹介しています。

「蘭亭序」と「蘭亭叙」の違い

「蘭亭序」と「蘭亭叙」の違い

文献によって「蘭亭」と「蘭亭」の表記が揺れることがあります。正しい表記は「蘭亭序」です。

蘭亭序は詩集の序文として書かれたことから、「序(じょ)」の字がふさわしいのです。

「叙」が使われるようになった理由は、北宋ほくそうの文人・蘇軾そしょくが、自身の祖父の名前を避けるために「序」を「叙」と書き換えたことに由来しています。

中国には古来、避諱(ひき)という習慣がありました。亡くなった目上の人の本名に使われている漢字を口にしたり書いたりするのを避けるという儀礼的な慣習です。蘇軾が祖父の名を避けて「序」を「叙」に改めたことから、後世の人々の間でもそれに倣って「蘭亭叙」と書く例が現れるようになりました。

本来の表記として正しいのは「蘭亭序」であり、学術的な資料や書道作品の名称としてもこの表記が一般的です。

続いて、蘭亭序の最大の謎──なぜ本物が残っていないのかを見ていきましょう。

なぜ蘭亭序の本物は存在しないのか

王羲之おうぎしの直筆による真跡(しんせき)は現存していません。現在、私たちが目にする蘭亭序は、とう時代以降に制作された複製本です。

唐の太宗と蘭亭序の伝説

真跡が失われた理由は、唐の第2代皇帝・太宗(たいそう/李世民)にまつわる伝説にあります。

太宗は王羲之の書を深く愛し、とりわけ蘭亭序を「天下第一の書」と称して愛蔵していました。生涯その書を手元に置いていた太宗は、自身の死後、その真跡を陵墓に納めるよう命じたとされています。

その陵墓が、現在の陝西省にある「昭陵(しょうりょう)」です。この伝承が事実であれば、蘭亭序の真跡は太宗の棺とともに地中に葬られたことになり、今日まで誰も確認できていません

王羲之が書いた「本物の蘭亭序」は、いまも昭陵の地下深くに眠っている可能性があります

なお、王羲之の真跡にもっとも近いとされる法帖には「姨母帖と喪乱帖」があります。蘭亭序とはまた異なる王羲之の筆致を知ることができる貴重な作品です。

臨模本と搨模本の違い

現在伝わる蘭亭序の複製は、大きく2つの方法で制作されました。

  • 臨模りんも:原本を横に置いて見ながら忠実に模写したもの
  • 搨模とうも:原本を下に敷き、上から透かしてなぞり写したもの

これらの複製本を通して、王羲之の「かつての姿」を想像することしかできないのが現状です。では、現存する代表的な複製本を見ていきましょう。

現存する蘭亭序の複製本4種を紹介

代表的な蘭亭序の複製本を4種類紹介します。いずれも書道史・美術史の中で特に重要とされているものです。

  • 八柱第一本(張金界奴本)
  • 八柱第二本
  • 八柱第三本(神龍半印本)
  • 定武蘭亭序(呉炳本)

八柱第一本(張金界奴本)

ハ柱第一本(張金界奴本)
ハ柱第一本(張金界奴本)

とう時代の書家・虞世南ぐせいなんによる臨模本と伝えられています。もともとは褚遂良ちょすいりょうによる模本とされていましたが、みん時代の文人・董其昌とうきしょうが「虞世南の筆致に似ている」と跋に記したことで、それ以降は虞世南の臨模とされるようになりました。

何度か改装される過程で洗浄処理が行われており、墨の色が全体的に薄くなっています。その分、文字にはやわらかさと上品な趣きが感じられるのが特徴です。

別称として「天暦本」(元代(1271〜1368)の内府で押された印「天暦之宝」に由来)、「張金界奴本」(本文の最後に「臣張金界奴上進」という記述があるため)があります。

八柱第二本

蘭亭序 八柱第二本(褚遂良の臨書とされる複製本)
八柱第二本

唐時代の名書家・褚遂良による模本と伝えられてきました。文字の形がやや縦長で、線質が細く繊細な印象を与える点が特徴です。

巻末には、米芾による七言古詩(10行)、蘇耆による天聖4年(1026年)の題記、范仲淹はんちゅうえんをはじめとする宋時代の十数名の文人による観款など、著名人の題跋が数多く残されています。

使用されている楮皮紙ちょひし(楮の皮から作られた紙)は宋代以降に多く使われた素材であることから、北宋時代(960〜1127年)ごろに制作された模本ではないかとも推測されています。

八柱第三本(神龍半印本)

八柱第三本(神龍半印本)
八柱第三本(神龍半印本)

高校の書道教科書でも取り上げられており、もっとも目にする機会の多い蘭亭序の複製本です。

最大の特徴は、墨色が濃く、筆の穂先の動きや細かな筆致まで鮮明に残されている点です。臨書を行う際にも筆遣いや字形のニュアンスを読み取りやすく、実践的な手本として非常に優れています

神龍半印本」の名は、唐の中宗(在位705〜707)の年号「神龍」の印が巻頭と巻末にそれぞれ半分ずつ押されていることに由来します。唐時代の印が確認できる唯一の例とされ、歴史的価値が極めて高い作品です。

蘭亭八柱とは
北京・中山公園にある蘭亭八柱亭の写真
蘭亭八柱亭 朱塗りの柱が8本立ち、その内側に石碑が8つ並んで建てられている。

「蘭亭八柱」とは、清代の皇帝・乾隆帝が収集した蘭亭序に関する貴重な墨跡本8点を、石碑として刻んだものです。

これらの石碑は、北京にある中山公園内の「蘭亭八柱亭」に安置されています。八柱亭は、名前の通り朱塗りの柱が8本立つ八角形の建物で、その内側に8つの石碑が円形に並んで建てられているのが特徴です。

とくに有名な八柱第一本から第三本は、唐時代に作られたとされる複製本として特に価値が高いものです。複製本の詳しい比較は「六朝時代の書風と蘭亭序の複製本3つを紹介」でも解説しています。

定武蘭亭序(呉炳本)

定武蘭亭序(呉炳本)
定武蘭亭序(呉炳本)

唐時代の書家・欧陽詢おうようじゅんによる臨書をもとに刻石されたものと伝えられています。

唐の太宗たいそうは王羲之の蘭亭序の筆跡を残すために欧陽詢に臨書させ、宮中に保管していたといわれています。

それからおよそ300年後の宋時代・慶暦年間(1041〜1048)「定武」(現在の河北省)で蘭亭序の刻石が発見されました。完成度の高さから「欧陽詢の臨書をもとにしたものだ」と信じられるようになりました。

この発見にちなんで拓本たくほんは「定武本」と呼ばれ、宋時代の書家・呉炳が伝えたことから「呉炳本」とも呼ばれています。

原石は宋の徽宗の大観年間(1107〜1110)に宣和殿に移されましたが、靖康の変(1127年)で金軍に奪われ、以降、原石の所在は不明です。

臨書で蘭亭序を書く際は、筆選びも仕上がりに大きく影響します。行書に適した筆の選び方は「おすすめの書道筆ランキング」でまとめています。

蘭亭序は何がすごいのか──謎に包まれた不思議な書物

蘭亭序が書道史の中でも特に謎めいた存在とされる理由は、次の2点にあります。

  • 真跡(直筆の原本)が現存しない
  • 唐時代になってから、突如として高く評価され始めた

蘭亭序は王羲之の死後300年以上経った唐の時代になって、文献の中に突然登場します。しかも真筆はすでに失われており、現存しているのは後世に複製された模写や拓本のみです。

それにもかかわらず、なぜ蘭亭序はこれほどまでに神格化され、崇拝され続けているのでしょうか。

その理由の一つは、「謎めいた存在感」そのものにあると考えられます。

実際に蘭亭序を臨書してみると、点画の描き方や配置、文字構成の法則が一見してわかりにくく、整っているとは言いがたい部分もあります。初心者にとっては「何を学べばよいのか」がすぐには掴めないこともあるでしょう。

さらに、蘭亭序の原本が本当に存在していたのかどうかすら不明です。複製本がどのような原本に基づき、どれほどの段階を経て模写されたのかも、正確な記録は残っていません。

こうした「よくわからないことの連続」こそが、反論を封じ、むしろ「神秘」として長く崇拝される要因になってきたのです。※参考文献:中田勇次郎『王羲之を中心とする法帖の研究』(1960年)、『臨書を楽しむ』(2003年)ほか

よくある質問(FAQ)

蘭亭序は何文字ですか?

蘭亭序は28行324字の行書作品です。353年(永和9年)に王羲之が51歳のときに書きました。

蘭亭序の本物はどこにありますか?

王羲之による真跡は現存していません。唐の太宗(李世民)が生涯愛蔵し、死後に陵墓「昭陵」に納めたとされています。現在私たちが目にする蘭亭序は、すべて唐代以降に制作された複製本です。

蘭亭序の臨書はどの手本から始めるべきですか?

八柱第三本(神龍半印本)から始めるのがおすすめです。墨色が濃く筆致が鮮明なため、筆遣いや字形を読み取りやすく、実践的な手本として最も適しています。基本を習得したら、八柱第一本(張金界奴本)に進むとよいでしょう。

「蘭亭序」と「蘭亭叙」はどちらが正しいですか?

正しくは「蘭亭序」です。「蘭亭叙」は北宋の文人・蘇軾が祖父の名を避けるために「序」を「叙」と書き換えた「避諱(ひき)」の習慣に由来しています。

蘭亭序はなぜ「天下第一の行書」と呼ばれるのですか?

唐の太宗が蘭亭序を「天下第一の書」と称して以来、中国書道史上の最高傑作として評価されてきました。「之」の字を20回すべて違う形で書く変化の豊かさ、草稿でありながらの自然な美しさ、そして真跡が失われたことによる神秘性が、その評価を支えています。蘭亭序が書かれた背景について詳しくは「蘭亭記を紹介・現代語訳」も参考になります。

まとめ:蘭亭序を学ぶことで見えてくる書の奥深さ

蘭亭序は、ただの歴史的な書跡ではなく、書道の奥深さや人間の精神性までも映し出す特別な作品です。たとえ原本が残っていなくても、数多くの臨模本・搨模本を通して、その精神を今に感じ取ることができます。

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