新着記事
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中国の法帖
李白文書(りはくもんじょ)について解説【李柏尺牘稿】
李柏文書(りはくもんじょ)について解説 李柏文書(李柏尺牘稿)① ※クリック/タップで拡大 李柏文書(李柏尺牘稿)② ※クリック/タップで拡大 李柏文書」ともいいます。 1909年、日本の大谷光瑞(1876〜1948)が組織した大谷の地で発見しました。 作者は... -
中国の法帖
張猛龍碑(ちょうもうりゅうひ)について、書風・特徴を解説/臨書に使える全文の画像、釈門
張猛龍碑(ちょうもうりゅうひ)の基本情報 張猛龍碑の原碑 張猛龍碑の拓本 北魏・正光2年(522) 山東省曲阜の孔子廟内“漢魏碑刻陳列室”(通称“孔廟碑林”)にあります。 石碑は198.2×87.3㎝。碑文は26行、行ごとに46字。額は3行12字で、額の背面や碑陰... -
中国の書家
張芝(ちょうし)という書家について解説/草書の名手/作品も紹介
張芝(ちょうし)は中国の後漢時代(2世紀ごろ)の書家です。 後漢が発生した時期です。文字が発達するとともに、文字が上手だということで有名になる人物が現れてきました。 中でも今回紹介する張芝」と呼ばれました。 さらにもう1つ、張芝などの文字を... -
中国の書家
【王羲之の息子】王献之(おうけんし)について解説/作品の特徴や評価を紹介
王献之(おうけんし)は、蘭亭序の息子で、彼も書道に優れていた人として有名です。 父の王羲之には7人の息子がいましたが、そのなかでも末っ子の王献之がもっとも優れていたようです。 そんな王献之とはどんな人だったのか、解説していきます。また王羲... -
中国の法帖
姨母帖と喪乱帖について解説/王羲之の真跡にもっとも近い法帖
王羲之」です。 「姨母帖」は20歳代の若いころの作品であり、「喪乱帖」は晩年の作品です。 姨母帖と喪乱帖について紹介していきます。 姨母帖(いぼじょう)について 王羲之「姨母帖」 姨母帖は、『万歳通天進帖』という巻の冒頭にあります。 姨母んだ手... -
書論
入木抄(じゅぼくしょう)について解説/内容を現代語訳で紹介
入木抄(じゅぼくしょう)について解説 入木抄に書道の入門書として上奏したものです。 上奏とは言っても、尊円法親王は55歳、後光厳天皇は弱冠15歳のときで、書道の上では師弟関係にありました。 内容は、書道上達のための心得を教える講義内容が書かれて... -
書論
夜鶴庭訓抄(やかくていきんしょう)について解説/内容を現代語訳で紹介
夜鶴庭訓抄が著した、書道についての最も古い口伝書です。 平安時代後期に作成されたのですが、これが日本において最も古い書論とされています。 最も古いことから後世に与えた影響も大きく、日本において誰の筆跡をどのくらい尊重するべきなのか、夜鶴庭... -
中国の法帖
皇甫誕碑(こうほたんひ)について解説/特徴・書き方/臨書に仕える全文画像も掲載/欧陽詢の楷書作品
皇甫誕碑について解説 皇甫誕碑の原碑 皇甫誕碑#1 タップ/クリックで拡大 皇甫誕碑える内容の碑です。 碑文は于志寧が揮毫しました。 碑が建てられた年月の記載がないため、欧陽詢が何歳のときの作品なのかは分かりませんが、晩年のころとされています... -
中国の法帖
温彦博碑(おんげんはくひ)について解説/欧陽詢の楷書作品
温彦博碑について 温彦博碑の原石 唐を許された功臣の石碑が多く建てられています。 温彦博碑を許された功臣の石碑の1つです。 「虞恭公碑」とも呼ばれています。 碑の銘文は当時の大官、岑文本(595~645)が撰文し、欧陽詢が揮毫しました。 欧陽詢が81... -
中国の法帖
化度寺碑について解説/欧陽詢の楷書作品
化度寺碑について解説 化度寺碑 敦煌本 化度寺碑の銘文が書かれていいます。 正しくは「化度寺碑故邕禅師舎利塔銘」といいます。 銘文は李百薬が書きました。 欧陽詢が75歳の時の作品です。 銘文に書かれている邕禅師とは 化度寺碑について紹介しておきま...

