新着記事
-
中国の法帖
牛橛造像記(ぎゅうけつぞうぞうき)について詳しく解説/作者・内容・全文釈門/評価も紹介
牛橛造像記は造像記のなかでもっとも代表的なものです。 造像記の書法を学びたい人は、まず牛橛造像記から練習すると良いでしょう。 今回は、そんな造像記のなかでもっとも代表的な牛橛造像記について解説していきます。 また、造像記の正しい書き方につい... -
中国の法帖
泰山刻石(たいざんこくせき)について詳しく解説・書体は?作者はだれ?
泰山刻石の典型として尊重されています。 今回は、泰山刻石が作られたきっかけや特徴などを紹介します。現代語訳も紹介します。 泰山刻石の基本情報 泰山刻石が自らの功績を記した石碑です。 石碑の作者は李斯とされています。この石碑は書者の名前が分か... -
中国の法帖
石鼓文(せっこぶん)について詳しく解説、臨書の書き方、全文日本語訳も紹介
石鼓文は篆書の学習では代表的な古典です。 今回は石鼓文について詳しく解説し、臨書の書き方、日本語訳も紹介します。 石鼓文について解説 石鼓文 石鼓文という書体です。大篆の代表とされるものが石鼓文です。 大篆が文字を統一する少し前の東周時代に使... -
中国の書家
徐渭(じょい)とはどんな書画家だったのか詳しく解説
徐渭 花卉図巻 徐渭時代後期の文人で、詩書画どれもよくしましたが、とくに画人として有名です。 自由奔放で大胆な画風が人気で、後の清の時代の画家にも大きな影響を与えた人物です。 そんな偉大そうに見える徐渭ですが、彼の人生はとても壮絶なものでし... -
中国の書家
唐の太宗(李世民)——書道史を変えた皇帝の情熱と功績
唐の書を2290枚も収集しました。 太宗がいなければ、初唐の三大家(虞世南・欧陽詢・褚遂良)が活躍する舞台は生まれず、書道の歴史はまったく違うものになっていたでしょう。この記事では、太宗が書道史にどんな足跡を残したのか、代表作の晋祠銘とあわせ... -
中国の法帖
九成宮醴泉銘の全文現代語訳/日本語訳
九成宮醴泉銘が文字を書きました。 九成宮醴泉銘の全文現代語訳/日本語訳を紹介します。 また、九成宮醴泉銘の書き方・臨書のコツなどは「欧陽詢の九成宮醴泉銘について詳しく解説【臨書の正しい書き方・特徴・コツ・書風/内容なども紹介】」をご覧くださ... -
中国の書家
王羲之が務めた会稽内史ってどんな仕事?王羲之の功績を紹介
351年(永和7年)に王羲之になりました。 会稽とは、会稽という土地を治める政治を行う人のことです。王羲之は書家であり、政治家でもありました。 もともと本人の希望は宣城に比べるとずいぶん田舎です。王羲之は、戦争や内部の権力争いに身も心も疲れは... -
中国の書家
呉昌碩の代作をまかされた趙子雲(ちょうしうん)とはどんな書画家だったのか
書画家として成功した呉昌碩のもとには、たくさんの弟子がつき従ってきました。 弟子たちの目標は、自分も呉昌碩のように書画家として作品を売り、経済的に成功することです。 よって必然と弟子たちの書画作品は呉昌碩とそっくりになります。 そのなかでも... -
中国の書家
呉昌碩のよき友人、王一亭(おういってい)とは?
明末から中華民国にかけて活躍した書画家・王一亭と関連づけて語られることが多いです。 それは、王一亭は呉昌碩晩年のよき友人、弟子であり、時には代作をつとめるほどの人物だったからです。 では、どうして王一亭が晩年の呉昌碩とこういった親密な関係... -
日本の書家
河井荃廬(かわいせんろ)について解説/呉昌碩に師事した日本人篆刻家
呉昌碩は多くの弟子がいましたが、そのなかで日本人の弟子が1人だけいました。 それが河井荃廬です。 荃廬は呉昌碩にあこがれ、呉昌碩門下への入門を望み、それが叶うと毎年のように呉昌碩をたずねました。 今回は、河井荃廬を紹介し、功績や呉昌碩との関...

