新着記事
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中国の書家
呉昌碩について解説【石鼓文の臨書作品についても解説】
詩・書・画・篆刻の四芸に優れており、日本でも早くから多くの愛好者がいる呉昌碩。 清朝末期から中華民国初期に活躍した人で、中国最後の文人と言われています。 また呉昌碩は、書画は趣味であって、売ることを前提にしない今までの文人の枠を超え、書画... -
中国の書家
呉昌碩と日下部鳴鶴の関係【呉昌碩の書画作品が日本で有名になったきっかけ】
日本において、呉昌碩(1838~1922)が世間に広く伝えたことがきっかけと考えられています。 今回は、呉昌碩と日下部鳴鶴の接点を解説していきます。 日下部鳴鶴の呉昌碩訪問 日下部鳴鶴に信任されましたが、大久保利通が暗殺され、その後は政界から離れ書... -
その他
書道作品の売買に使用された価格表/潤格(潤例)とは
潤格(潤例)とは 書道において、作品の揮毫料の一覧表を潤格といいます。 潤格の発生時期はわかっていませんが、潤格が使われていた事例は明末(1600年ごろ)から見られます。 職業書画家にとって、揮毫料は唯一の収入源であり、自分の実力に見合っただけ... -
中国の法帖
鄭道昭の鄭羲下碑(ていぎかひ)とは/内容や書き方を解説
鄭羲下碑(ていぎかひ)は、作者である鄭道昭(426~492)のために書いたもので、北魏永平4年(511)にはじめは天柱山に刻したのを上碑、雲峰山に「石の好きを以て此れに之を刊す」とあるのを下碑と呼びます。 この碑は山東省の掖県に現存しています。自... -
日本の書家
貫名菘翁(ぬきなすうおう)について詳しく解説:作品も紹介
貫名菘翁(ぬきな すうおう)は江戸時代の書家で、日本書道史上においては空海以来の能書家と謳われています。 菘翁時代の書を中心に学びました。 そんな古典を大切にする菘翁の門流は明治に入っても栄えて、京都・大阪方面ではその流風を受け継ぐ書人が多... -
日本の書家
比田井天来とは/作品紹介/書学院、大日本書道院の創設/俯仰法の開発
比田井天来(ひだいてんらい)は、師匠である日下部鳴鶴りうけるなど、古典の研究に没頭して独自の書道観を作り上げました。 彼の門弟には、比田井南谷などがいますが、天来のもつ創造性がこれら門人を通して現代の書におおきな影響を与えています。 とい... -
書論
風信帖に書法はない!?「率意の書」とはなにか
書法について真剣に談論されている場で「書法、書法というけれどもあの有名な風信帖は手紙ではないですか」という人がいます。 これは「風信帖に書法はない」ということです。 一般に風信帖は率意の書とされています。 ちなみに率意の書の反対は、用意の書... -
中国の法帖
褚遂良が書いた孟法師碑(もうほうしひ)の特徴や碑が建てられたきっかけ
初唐の三大家のひとりである褚遂良(永徽4年・58歳)の4種類の楷書碑が伝えられています。 房玄齢碑と雁塔聖教序は独自の書法を完成させた晩年期の作品ですが、伊闕仏龕碑と孟法師碑は虞世南・欧陽詢の長所をもとに隷法を加味した壮年期の作品で、今回紹... -
中国の法帖
礼器碑(れいきひ)について解説/内容・作者・有名書家たちによる評価も紹介
後漢が盛んだった時代です。 約百数十碑が建立されたといわれており、その中でも曹全碑とはともに最も正統的な代表碑として高く評価されてきました。 曹全碑は優美、礼器碑は方正というように、それぞれ違った雰囲気を持っています。 今回は、方正な礼器碑... -
その他
【書道講師が実験】洗濯で落ちる墨汁は本当に落ちるの?普通の墨液と比較
洗濯で落ちる墨汁は普通の液体墨より圧倒的に汚れが落ちやすいです。書道講師として比較実験をしたところ、サクラクレパスの「洗濯で落ちる墨液」は大部分を落とせましたが、にかわや合成糊剤を使った一般的な液体墨はほとんど落ちませんでした。 「書写の...

